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津田永忠に学ぶ ― 不可能を可能にした岡山平野の礎

  • 執筆者の写真: 山口明男
    山口明男
  • 2025年12月26日
  • 読了時間: 3分

更新日:2025年12月26日

こんにちは。経営コンサルタントの山口明男です。


今回は、岡山県立大学での第2回講義の学びとして、今から約330年前、

岡山藩の藩政改革を支え、岡山の礎を築いた人物 津田永忠 についてお話しします。


正直に申し上げて、これまで津田永忠の存在を深く知らなかった自分を恥ずかしく

感じました。


津田永忠は、池田光政・綱政に仕えた家老であり、岡山藩の藩政改革の中心人物です。


その功績は、現代の経営や地域づくりにも通じる示唆に満ちています。



彼の最大の特徴は、「一つの事業で複数の成果を生み出す」発想力です。

たとえば倉安川の開削は、灌漑用水と舟運を同時に実現し、まさに一石二鳥の事業でした。


これは現代で言えば、インフラ投資による複合的な価値創出であり、

パナマ運河にも通じる先進性を感じます。


また、不可能とされていた百間川の治水・干拓事業では、洪水対策と農業生産の向上

同時に実現しました。


ここには、技術(荒手・巻石・遊水池など)、(藩主・普請奉行・技術者)、

そして資金(社倉米や大坂商人の支援)という、いわばKSF(重要成功要因)

明確に存在していました。



津田永忠の理財思想の根底には、「民を豊かにすることが藩を安定させる」という

強い信念があります。


単なる支出削減ではなく、将来の利益を生む分野への投資を重視する姿勢は、

まさに未来会計の原点だと感じました。



後楽園の整備や和気閑谷学校の設立にも関わり、経済の安定の上に文化と教育を築く。


その結果、岡山は「教育県」としての土壌を育んできたのです。


晴れの国岡山が災害に強いのも、干拓によって広大な平野が形成され、

山から海までの距離が確保されたことに起因しています。



江戸時代にこれほどの農地、教育、文化の基盤を築いた先人の志を学び、

それを現代の地域経済や経営にどう活かすか。

そこに、今を生きる私たちの使命があると強く感じました。

今回の学び【3つのポイント】


① 「一石二鳥」の発想が地域を強くする

津田永忠の事業は、一つの投資で複数の成果を生むことを徹底していました。


倉安川では「灌漑+舟運」、百間川では「治水+干拓」と、目的を重ねることで

費用対効果を最大化しています。


*現代経営においても、単一目的ではなく複合価値を生む設計が持続的発展の鍵であると

 学びました。


② 理財とは「削ること」ではなく「未来をつくる投資」である

津田永忠の理財思想の核心は、民を豊かにすることが藩を安定させるという考え方でした。


単なる倹約ではなく、農地整備・治水・教育・文化といった、将来の利益を生む分野への

戦略的投資を重視しています。


*経営においても、短期利益だけでなく、未来価値を見据えた意思決定が不可欠であると

 再認識しました。


③ 経済の安定の上に、教育と文化が花開く

後楽園の整備や和気閑谷学校の設立に象徴されるように、津田永忠は経済・教育・文化を

一体で捉えていました。


その結果、岡山は「教育県」としての土壌を築き、災害にも強い地域構造を持つに

至りました。


地域の品格と人材育成こそが、長期的な繁栄を支える基盤であることを学びました。


この3点は、

現代の経営・地域経済・インバウンド戦略にもそのまま応用できる普遍的な教訓だと

思います。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

写真は研修でお邪魔した修善寺温泉、あさば旅館の晩秋の庭の景色です。

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